アナウンス夢塾 出身アナウンサーからのコメント

私の師でもある「永井譲治先生を思うことが出来るのです。」そう話し、かつて仲間が集った「恵比寿の庄やさん」を大事にして、いつも足を運んでくれました。
自身の沢山の挫折や、困難、涙を頑張る力に変えて、考えられない逆境の中、努力を続け、正社員のアナウンサーとして夢を実現したTさん。後輩にも温かい言葉を贈り続ける「愛」がある女性です。

アナウンス夢塾は、人間の塾でもあります。
『生きる』中で、アナウンサーという職業に就くその為に、どんな時も味方になってくれる先生、心強い仲間がいます。
日曜日の午後、都内の教室で、佐藤哲也先生はにこやかに語りかけてくださいました。今から8年前のことです。
そもそも、私がアナウンサーになりたいと思った動機は、かなり不純なものだったと思います。
しかし今となっては、自分を最後まで強く突き動かしてくれるものであれば、どんなものでも良いのだと思います。
人間劣等生のわたしは、昔から人の顔色を窺ってしまうところがありました。
そんなところからか、『向いていないよ』大の大人から面と向かってそう言われる事もありました。
でも、夢塾は違いました。田村さん、絶対大丈夫です。佐藤先生は、お会いする度、そうお声をかけてくださいました。
田村さんの幸せが一番大切ですと、わたしの心に語りかけてくださいました。
佐藤先生のお一言おひとことに、私は心を強く揺さぶられました。
あぁ、言葉って、こんな力を持っているんだ、と痛感しました。
その時わたしは、重要なことは、アナウンサー云々でなく、その人がアナウンサーという形を借りて発信するということなのだなぁとやっと気が付きました。
実際に、仕事の現場では、普段のアンテナの張り巡らし方、考え方が自分の言葉として、会社の言葉として発信されていきます。
では、アナウンサーになる為に一番大切なものは何でしょうか。滑舌、文章読解力、表現力でしょうか。もちろんどれも本当に大切なものです。
しかし、わたしが佐藤先生に教わった一番大切なことは、心の姿勢です。
外見が…学歴が…今はまだ… もしあなたが、心からやってみたいと思うのならそんなもの関係ありません。
あなたの一度きりの人生、全力で挑戦したいのなら、その頑張りを全力で応援してくれる先生、仲間が、ここにいます。
色々な形の夢を臨機応変に全力で応援してくださる佐藤先生。わたしも、愛のあるアナウンサーになることが出来るよう、精進していきます。
本当にありがとうございました。そして、これからも末長くどうぞよろしくお願い致します。


太陽のような笑顔で努力を続け、見事、民間放送局の正社員アナウンサーに内定したKさん。
沢山の応援を力に変えて、「向き 不向きよりも 前向き」を実践しての内定は喜びの涙を多くの人にもたらしました。

大学の先輩に紹介していただき、夢塾の門をたたいたのは大学3年生の1月中旬のことでした。アナウンサーを目指す決意が固まったのが、他の受験者に比べて遅いのでは、と感じ焦りと不安を抱えていた私を前向きな気持ちにしてくれたのが、佐藤先生の言葉と笑顔でした。「近藤さんなら大丈夫!」先生はいつもこの言葉をかけてくださいました。レッスンでは、原稿読みやフリートークなどの練習も行いますが、先生はレッスンの時間でも、それ以外の時間でも私たち生徒の話に耳を傾けてくださいます。どんな時も最善のアドバイスをくださいました。最終面接に落ちた時、悔しさと泣いている場合ではないという思いで胸がいっぱいになり、教室で笑いながら泣いてしまった時がありました。そんな時先生は「笑いながら涙を流す、いいですねぇ〜」といって下さり、その言葉で私は涙を止めて笑顔になることができました。佐藤先生は命を懸けて、私たちと共に全力で戦ってくださる先生です。

 そして私は夢塾で、一生の仲間にも出会うことができました。目の前に居る人のことを思い遣り、どんな時もお互いに支え合える仲間に出会えたことは、私の人生において大きな財産となっています。

佐藤先生、夢塾の仲間への感謝の気持ちはここでは伝えきれません。佐藤先生と出会ったことで私は、アナウンサーになることが夢ではなく、その先を真剣に考え一つ一つの試験に全力で勝負することができたと思っています。これから先、どんな時も佐藤先生から教えていただいたたくさんのことを心に留め、前に進んでゆきたいと思います。佐藤先生、夢塾の皆さん、本当にありがとうございました!





ケーブルテレビ局のアナウンサー経験やNHK地方局のキャスターリポーター経験があり、
民間放送局のアナウンサーとして働きたいという強い意志を見事に結果に繋げた社会人女性。


民放のアナウンサーになる??という夢を私は30歳でつかむことができました。
それまでケーブルテレビなどで仕事をしていましたが、ずっと民放の華やかなアナウンサーに憧れがありました。もう、28歳、ダメかな。でも諦めたくない。そんなモンモンとした気持ちでいっぱいでした。そんなときにアナウンス夢塾をインターネットのメルマガで知り、思い切って電話をしてみました。

佐藤先生に初めて電話した時の第一声は

「私、28歳なんですけどまだ大丈夫でしょうか?」それに対して佐藤先生は「大丈夫ですよ?」と明るく答えてくれました。

それから夢塾で、私は自分に何が足りないのかを自覚することから始まりました。自分が理想とする華やかなアナウンサーと今の自分。アナウンスの技術、見た目、笑顔、周囲への気づかい、アナウンス受験の自己PR内容、受け答え。経験者といっても自分は全てに中途半端、、、というより0でした。自覚してからも、成長は遅く、一個良くなっても他が伸びなかったり、また戻ったり。その繰り返しでした。そんなスローペースの私を佐藤先生は辛抱強く支えてくださいました。

ここからは夢塾を活用するコツを少し。佐藤先生はとても優しい方です。11回のアドバイスを流さず敏感に受け止めて自分で理解して行動に移すことが成長の鍵だと思います。また、スローペースな私も良く反省しましたが、「アナウンサー受験をするのは自分だ」と強く自覚することです。当たり前のことなんですが、どんなに素晴らしいトレーナーがいても、結局本人の努力がなければ成功しません。

考えて行動に移すこと、それは今アナウンサーの仕事に就いても日々必要なことだと実感しています。そしていつも緊張感のある現場ですが、やりがいを感じられる仕事です。夢塾で学んだことを糧に、私自身日々成長を続けています。

夢塾で夢を現実にしてください??


アナウンサー受験2年目
不屈の努力で内定を勝ち取った男子大学生。
正社員のアナウンサーに見事内定



僕は夢塾に来て約半年間で、技術面やアナウンス試験への準備、取り組み方が驚くほど変わりました。
夢塾に出会うまでは、アナウンス試験に向けて何に取り組むべきなのか分からず、ただただエントリーシートを書いては落ちて、面接に進んでもすぐに落ちての繰り返し。

しかし、二年目のアナウンス受験、「受かるわけがない、でも諦めきれない。」と考えていた7月に佐藤先生に出会いました。

それからはたくさんの発見!
「アナウンサーになるために課題を持って具体的に行動することができる」
佐藤先生に出会ってからはそれが面白くて、とにかく行動し続けました。


夢塾の生徒となってからは、毎試験、本気で内定を狙って受験することができ、僕にとってわくわくするような半年でした!(心底落ち込むこともありましたが…笑)

しかし落ち込んでも励ましてくれる佐藤先生がいました!仲間がいました!
夢塾に出会っていなかったらここまで変われなかったと断言できます!


ありがとうございました!!


アナウンススクールは「アナウンス夢塾」のみ。
こつこつと努力を続け、アナウンサーとしてスタートを切る大学4年生の言葉



アナウンス夢塾には、いつも真っ直ぐ全力で、心から私達生徒に向き合ってくれる佐藤先生がいます!

佐藤先生と出会えたことで、私の人生は大きく変わりました。

「どうせ私には無理だ。」

そう思い始める前から到底無理だと諦めていたアナウンサーになるという夢が、夢塾と佐藤先生に出会ったことで現実の目標に変わりました。

書類審査落ちが30社を超え、焦りと自己嫌悪から諦めそうになった時にはまるで自分のことのように心に寄り添い、全力で励ましてくれました。

試験前日、深夜であるにも関わず電話をかけると長時間一緒に面接対策をしてくれました。

エントリーに必要なDVDの収録では、寒い中嫌な顔一つせず、何度も何度も撮り直しに付き合ってくださいました。

夢塾には、心から全力で一緒にアナウンサーになることへ向かってくれる先生がいます。
先生と夢塾にはなんと御礼を伝えたら良いか分かりません。

今、これを読んで下さっている方の中に、もし以前の私の様に、
「アナウンサーになるなんて自分には夢のまた夢なんじゃないか」
「無理なんじゃないか」
そう思っている方がいるなら、ぜひ一度、夢塾の門を叩いてみて下さい。

「向き不向きより前向き」

「念ずれば花開く」

「全力に悔いなし」

「努力は運をも支配する」

何度も何度も力をもらった、佐藤先生が教えて下さった言葉です。

この言葉を信じて、佐藤先生の下、全力で取り組んでみてほしいです。

夢塾は、あなたの夢を目標に変え、全力で向き合ってくれる場です!

春からは夢塾で過ごした日々を忘れずに、明るく心をもって、一生懸命!頑張っていこうと思います!

最後になりましたが、

佐藤先生、そして一緒に戦い応援してくれた塾生の皆さん、本当に本当にありがとうございました!!
掴んだ御縁は皆さんのおかげです。感謝を忘れず頑張ります!

平成27年 初冬



社会人塾生として内定を得た男性の受講コメントです。

奈良テレビ放送 内定(アナ職含む総合職)


『体育会野球部経験も実績もあり、社会人6年目・28歳、転職経験もある自分は今までの人生にはそこそこの自信があった。
でも、結局は「そこそこ」で、自分1人では何もできなかった。
2013年6月に佐藤先生と出会った。すぐさま意気投合。「強みがあれば、弱みを克服できますよ」というアドバイスから甦るように、
本来目標としていた地方局で働くこと、アナウンサーになることを志し、真っ先に準備に取り組んだ。しかし・・・一発目の某地方局はあっけなく書類落ち。
なぜだ、という言葉しか頭によぎらない。
「やっぱり現実甘くない、っというよりいい歳して何やっているんだ」というときもあった。
でも、先生と話せば話すほどその不安が払拭できた。
いつの間にか、「日本一のアナ受験者であること、そのために高い意識を持って毎日を過ごす」をテーマに取り組んだ。
現職の1つ1つの電話応対、普段の歩き方、休日の勉強・実況自主トレなど、すべてを厳しく、すべて課題だと思い、愚直に取り組んだ。
元々、滑舌があまりよくなく、早口な私でも、先生のアドバイスすべて吸収し、アドバイスしてもらったことをICレコーダーに残し、浴びるように学び、真似た。
先生がいない状況でも、1人でチェックし成長できるレベルまで達してきた。

6月から走り続け、気づいたら5ヶ月の月日が経った。
最後の最後で、今までの就職活動(学生時代からトータルすると400社以上ぐらい)で一番骨を埋めたいと思う企業(放送局)に決まった。
近年、就職サイトの誕生から複数社受験するのが一般的と言われているが、まさに就職活動とは、まさに1/1でしかないと思った。
それぐらい第一希望の受験先に対しては、HPの情報や地域の勉強、
選考前日はその土地の最上級の高級ホテルに泊まり、リアルな情報収集をするなど、全神経・全人生をそこに費やし、
「見えない自信」を持って選考に臨んだ。今でも忘れない。最終選考合否を待つ1週間はカラダボロボロになり、内定の電話が鳴り、
電話を取ったときに手が震え、人事の内定の話を聞きながら「夢じゃないか」と何度もほっぺたをちぎったあの瞬間・・・

そのおかげで、11月上旬に終わった最終選考から1ヶ月経ってようやく体調が完治した。それぐらい、アナ受験は過酷だったのだ。

来年4月から夢だった「地方放送局の一員になること」「スポーツの仕事に携わること」「アナウンサーになること」すべて詰まっている環境に身を置ける。

この喜びを爆発させて仕事に取り組みたい。

最後に。佐藤先生は本当に、夢を与えるだけでなく、叶えてくれる人でした。
私も公私ともにそんな人間になりたい。




2日間の短期集中講座を受講し、アナウンサーに内定した異業種の業界で働いていた女性アナウンサー



佐藤先生

こんばんは。

2月3・4日にお世話になりました、Yです。

お忙しい中、急なお願いにもかかわらず引き受けてくださって、ありがとうございました。



先週の土曜日、9日にカメラテストと面接を受けてきました。

(中略)

カメラテストは緊張して言葉につまることもあったのですが、なんとか時間内にはおさまったみたいです。

面接も同じことの繰り返しばかり言ってしまいましたが、佐藤先生とお話しした質問もでてきたので本当に助かりました。



そして、今日、(某局)さんからお電話があり、採用したいとのお話がありました。

今はまだ状況が飲み込めず、これからどうしよう!というかんじです。

既卒で、マスコミ受験もしたことがなく、もちろんアナウンスの勉強もしたことがない…

それなのに声で伝える仕事がしたいなんて、私は本当に身の程知らずだと思います。

なんとなく出した書類が通って、いきなり「カメラテストをします」という知らせを受けたときは、何をどう準備すればいいのか全くわかりませんでした。

とにかく、1週間で試験に臨めるくらいのレベルにならなければ…と必死で、すがるような気持ちで先生に連絡したんです。

正直、アナウンサーなんて別世界ですし、それを目指す教室なんて自分には敷居が高い気がして気が引けました。

しかも、「来週、試験なんです。何もわからないんですけど今週どうにかしてください!しかも遠方なので1回しか行けません!」なんて、無茶なことが通る訳ありませんよね、普通は。

でも、夢塾は私のことも生徒として受け入れてくださいました。

地方から行く私のため、集中して時間を割いてくださり、練習を繰りかえすことができました。

そして一番うれしかったのは、何も知らない・わからない私自身について全く否定せず、向き合ってくださったことです。

今思うと、私を受け入れてくれる教室は夢塾だけだったと思いますし、ここでなければ良い結果にはならなかったと思います。

今回の採用については、本当にただ感謝するばかりです。

たいへんお世話になり、ありがとうございました。

これから新しいスタートとなる予定ですが、アナウンスの勉強不足を少しずつでも解決していきたいと思っています。

できれば、数か月に一度くらいのペースでこれからも教えていただけるとうれしいです。


これからもどうぞよろしくお願いいたします。






男性アナ(ラテ兼営局のアナウンサーに内定)…本人からのコメントのまま

『拝啓 “夢塾“と“佐藤先生“に出会った君へ
僕は局アナウンサーを数年している。20代男。

大学時代、恩師 佐藤哲也氏と出会った。いつも僕の味方になってくれた。だから、アナウンサーに内定した。

これから佐藤氏と「夢」を「現実」にする君たち。

佐藤氏は君の味方になってくれる。決して君を裏切らないと思う。

唐突だが、文章を書くうえで「5W1H」が必要といわれる。

佐藤氏は「When(いつでも) Where(どこでも) Who(誰に対しても) What(なんの相談でも) Why(志望動機問わず)」で応援してくれた…。


(僕)「夜10時を過ぎているところ電話スミマセン…相談がありまして」

(佐藤氏)「大丈夫ですよ〜」


(僕)「佐藤先生!これから野球場で実況練習しますが、今来てくれたら嬉しいです!」

(佐藤氏)「いいですよ〜」


(僕)「先生!あいつがアナウンサー受験諦めるみたいなんですよ(泣)」

(佐藤氏)「わたしから話を聞いてみますよ〜」


(僕)「僕はラジオ番組で勇気を届けるアナウンサーになりたい!あいつは、女の子から持てたいからアナウンサーだなんて(怒)」

(佐藤氏) 「人によって、いろいろな考えがあるんですね〜(笑)」


(僕)「アナウンサー試験で最終面接後、三つの局から不採用…。こんな時に彼女からも別れ話が…」

(佐藤氏)「アナウンサー試験も女性もご縁というのがあるのかもしれませんね〜」



最後に「How」。佐藤氏は「どのようなアナウンサーになりたいか」「どのように人生を歩みたいか」について押し付けてきません。

なぜなら、この文章を見ている君自身が描くべき未来を、ひたすら応援してくれるから。こちらが申し訳ないと思うほど、愚直に懸命に身を削って君の背中を押してくれるから。

それが佐藤先生です。

君が熱望する「夢」を佐藤氏に語ってください。佐藤氏は24時間、365日、君に寄りそってくれます。

たとえ時間がかかっても…佐藤氏と共に、君の夢を実現してください!


男性アナ(経験者採用でキャリアアップしアナウンサーに内定)…本人からのコメントのまま


いつどんな時でも「親身」に接して下さる佐藤先生。

実際の面接で何を伝えるべきか、具体例を出して分かりやすくアドバイスして下さいます。

そうしたご指導のおかげで、私は内定を頂くことができました。

アナウンサー受験は途中で諦めてしまう人が大半ですが、

アナウンス夢塾なら合格までの長い道のりを佐藤先生がそばに寄り添ってサポートして下さいます。

そして内定に結びつけて下さいます。ぜひ、門を叩いてみて下さい。